強直性脊椎炎は20歳台から30歳台の比較的若い世代で発症する難治性の脊椎(背骨)の病気です。朝に強く、運動で改善する腰痛症状で発症し、慢性的に病気が進行して脊椎(背骨)の変形、癒合などが起こります。20年から30年の経過で背骨が曲がらなくなり(強直状態)、背骨の前屈や回旋する動作が難しくなります。かつては痛み止めと運動、くらいしか治療法が存在しませんでしたが、関節リウマチ治療に変革をもたらした生物製剤、特に抗TNFα阻害薬が、この疾患にも良く効くことがわかり、治療の環境は大きく変化しています。国が指定する特定難病疾患に該当します。
疫学
2018年に行われた全国疫学調査の結果、患者数は3200人程度と推計されました。欧米では多い疾患ですが、日本では比較的まれな病気と言えます。海外ではHLA-B27という遺伝子が病気に関連すると言われておりますが、日本ではこのHLA-B27を持つ人の割合が極端に低いため、この影響で、発症率も低いことが予想されます。リウマチ疾患は女性に多いイメージがありますが、この病気は3:1の割合で男性に多く、ほとんどが40歳以下で発症します。HLA-B27遺伝子以外の原因についてはよくわかっておりません。
診断
前述の通り、若い世代で発症する、運動で改善する腰痛症状が診断のポイントになります。診断にはニューヨーク診断基準を用います。
改訂ニューヨーク診断基準
Ⅰ.臨床症状
1腰背部の疼痛、こわばり(3カ月以上持続、運動により改善し、安静により改善しない)
2腰椎の可動域制限(前後屈および側屈)
3胸郭の拡張制限
Ⅱ.仙腸関節のX線所見両側2度以上、または片側3度以上の仙腸関節炎所見
0度:正常
1度:疑い(骨縁の不鮮明化)
2度:軽度(小さな限局性の骨のびらん、硬化。関節裂隙は正常)
3度:明らかな変化(骨びらん、硬化の進展と関節裂隙の拡大、狭小化または部分的な強直)
4度:関節裂隙全体の強直
Ⅲ.診断基準
1確実:臨床症状の1、2、3のうち1項目以上 + X線所見
2疑い: a)臨床症状3項目 b)臨床症状なし+X 線所見(仙腸関節)
この診断基準はX線基準が含まれており、発症から間もない、早期症例の診断にはあまり有用ではない、という問題点があります。強直性脊椎炎の発症から診断まで平均9年程度という統計も報告されており、診断まで長い期間を要することが課題となっています。
近年は「体軸性脊椎関節炎」という新しい疾患概念が生まれ、この分類では多くの強直性脊椎炎が含まれると同時に、X線基準を満たさない、(おそらく早期の、)これまで強直性脊椎炎と分類されなかった症例も含まれることになりました。この体軸性脊椎関節炎であり、強直性脊椎炎ではない症例を「X線基準をみたさない体軸性脊椎関節炎」と分類し、より早期に診断し、早期に治療介入しよう、という動きがあります。関節リウマチでは生物製剤の登場によって、分類基準が早期疾患に対応するように変化しました。強直性脊椎炎においてもこのような動きが起こってきたと言えます。(ただし、国の指定難病の申請にはこの脊椎関節炎の分類は用いることができず、上述のニューヨーク基準を用いますので、注意が必要です。)
診断において近年は仙腸関節MRI検査(造影剤使用)の有用性が増しています。レントゲンで炎症の存在がはっきりとしない症例でもMRI検査では鋭敏に炎症の存在をとらえることが可能です。私もMRI検査によって診断することができた、脊椎関節炎の症例を経験したことがあります。若い世代の難治性腰痛を見たらこの病気を疑いますが、X線でわからない場合はMRI検査が有用なことがあります。上述の通り、この病気も早期発見、早期治療の時代になりつつありますので、閉所恐怖症や、体内金属の有無、腎障害、喘息症状の有無などを確認したうえでMRIを勧めさせていただきたいと思います。
臨床評価の指標
強直性脊椎炎は客観的に病気の状態を把握するのが他疾患に比べて難しく、治療の強さを決めることが難しいこともよく経験されます。なんとなく治療するのではなく、目標をもって治療することが重要であり、疾患の活動性や機能障害を定量化するための指標が各種開発されています。活動性・疼痛の評価として、患者のVisual Analogue Scale (VAS)によるBASDAI(Bath Ankylosing Spondylitis Disease Activity Index)、患者VASに採血項目のCRP(またはESR)を組み合わせたASDAS (Ankylosing Spondylitis Disease Activity Score)などがよく使われています。ADLなど機能評価項目として患者VASをによるBASFI(Bath Ankylosing Spondylitis Functional Index)があります。新しい総合的健康指標として、The Assessment of SpondyloArthritis international Society (ASAS)によるHealth Index (ASAS HI)が公開されており、これらの指標をくみあわせて、患者様の現在の状態を把握することが重要です。
治療
関節リウマチと同様、根治を目指した治療法はまだ存在しません。しかし、生物製剤の登場によって治療薬と呼べるものがようやく出てきました。これまではいわゆる痛み止め(NSAIDS)が主体であり、適度な運動療法を組み合わせて経過をみていました。NSAIDSだけでかなり病状が落ち着く人もいます。関節リウマチに用いるサラゾスルファピリジンやメトトレキサートの有効性は証明されていませんが、末梢性関節症状には有効な患者が一部存在します。疼痛が強い人、生活の質が低下している人、眼の炎症性疾患を合併している人、慢性的な持続性炎症状態がある人には生物製剤の使用をお勧めできます。生物製剤は感染症のリスクを上昇させますので、投与が難しいケースもあります。しっかりとスクリーニング検査を行った後で治療を行うことが重要です。強直性脊椎炎に使用可能な生物製剤は、関節リウマチやクローン病などでよく用いられているTNFα阻害薬、乾癬などでよく使用されているIL-17阻害薬などがあり、患者様の状態にあわせて適切な薬剤を選択、使用します。